大学卒業後の22歳から60歳まで働くと仮定して平均年収を合計すると、理系の総収入が3億8千4百万円、文系の総収入は4億3千6百万円で、5千2百万円の差が出る。これは一戸建て一軒分に当たるそうだ。各年代別で見ると、22歳から30歳では理系のほうが所得が上回る。だが、31歳から定年までは文系が上回り先程の差に至る。
企業の賃金体系、昇進規定で理系より文系のほうが優遇されている点が、この所得格差の理由として挙げられる。
文36%理14%(31歳から40歳で課長以上)
文30%理19%(51歳から60歳で常務以上)
と、松繁大阪大大学院国際公共政策研究科助教授らの調査結果が裏付ける。
省庁が集まる霞ヶ関でも文系支配の不文律が存在するそうだ。多くの技官の出世が局長止まりで、昇進のスピードにも格差がみられるという。以下理系白書より転載。
同じ省庁に同期入省したAさん(技官)とBさん(事務官)。Aさんの初任地は関東地方のある県。技官は必ず地方の出先事務所に配属されるしきたりだ。三回の転勤後、6年目にして初めて霞ヶ関の本省勤務になり係長に就いた。その後、再び地方勤務に戻り、課長補佐級の本省の調査官になったのは13年目。県庁への出向や地方機関の部長などを繰り返し、29年目にようやく課長になった。
一方のBさんは最初から本省に配属され、3年目には係長になった。そして9年目に課長補佐に昇進し、21年目に課長28年目にはAさんの上司にあたる局次長になった。この間、Aさんの転勤は13回。Bさんは4回に過ぎない。
官界ほどではないが、政界、財界でも文系支配は顕在する。
冒頭で述べた技術者たちの功績は、相当に評価されているのだろうか?
「科学技術創造立国」を提唱するのであれば、理系の地位を見直すべきではないか?
21世紀にこれまで以上に大きな期待を寄せられる理系、とりわけ研究者たちは牧歌的ではいられない。
現在僕は徳島県に在住している。よってこの会社の話題に触れなければならないだろう。
四国法人所得2004年ランキングで3年連続ダントツ首位の日亜化学工業株式会社。
青色LED 特許権持分移転登録手続等請求事件
-中村修二(原告)VS.日亜化学工業株式会社(被告)-
当時一躍世間の注目を集めたこの訴訟は、報われることのない日本の研究者たちの報酬制度を見直す重要な訴訟であった。
日亜化学の業績を急激に伸ばすことになった青色LED特許。20世紀中の開発は不可能とされていたこの青色LEDを見事に開発した中村氏が受け取った報酬は、わすか2万円。「スレイブ・ナカムラ」と国際学会から同情を受けるほど。世界的発明に対する報酬は劣悪なものであった。
東京地方裁判所での一審判決。相当の対価として604億3006万円を認定、このうち原告の中村氏側が一時請求していた200億円の支払いを日亜化学工業側に命じた。
しかし、日亜化学工業側は直ちに控訴。東京高等裁判所は和解勧告を行い、相当対価として8億4千万円を支払うことで成立した。中村氏はこれに応じざるを得なかった。
もし一審判決のような判決が判例として確定したなら、日本の技術者はインセンティブを持つことができたであろう。判例があれば、訴訟をしても企業に勝ち目はないため、中村氏と同様な労使契約を結ぶ技術者は、正当な対価を受け取ることができる。(報酬に大きな差がないという意味で)共産主義的である技術者の世界に競争が生まれ、独創的な発明がなされるかもしれない。
世界的発明をしても技術者の給料は安い。経営者有利に帰結したこの訴訟も、理系冷遇社会を示している。
理系は、学部、修士課程、博士課程でも苦労をしなければならない。
実験漬けの生活では、アルバイトをする時間が限られている、もしくはできない。極めて苦学である。博士を夢見る学生も金銭的に恵まれていなければ、博士課程を諦め就職せざるをえなくなる。そして賃金体系や昇進制度は先に述べたとおり悲観的である。
就職難に苦しむ博士は数多い、ポスドク問題が深刻である。ポスドクとはポストドクターの略語で、期限付きで国から経済支援を受ける博士号取得者のことである。博士号を取得してもすぐに研究者の職に就けるわけではない。ポスドクの口を探して食いつなぎながら、研究実績を上げる。国の救済措置であるが、ポスドク(博士研究員)の悲哀も嘆かわしい。
ここまで、理系の冷遇を取り上げてきたが、おもしろいことに、決して理系が文系より不幸であると感じているわけではないという。好きなことに没頭する満足感は、ときに、安定した地位より優先される。幸福感、満足感に文理格差はない。
とはいえ、21世紀の日本のためにも、世界のためにも理系の待遇を見直すときである。
ネタ元:毎日新聞科学面に連載された(2002.1.1~2003.4.26)理系白書
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