2009年01月13日
●シリーズ「結婚前夜」 【4】 止まらないY田の裏切り
自らの辞任で派閥抗争に終止符を打った独身派の元最高指導者Y田。派閥内に横たわった溝は底が見えず、もはや再起は不能だ。その空中分解した古巣に、Y田はさらに追い打ちをかける。
寒風吹きすさぶ昨年暮れ、A木主催の忘年会が開かれた。顔を並べたのは同期5人。Y田と僕を除く3人は結婚派で、独身派若手のM家は傷心を癒す旅に出たという。会の冒頭から注目を集めたのは、Y田の身の振り方。独身派を離れたものの結婚派でもなく、宙ぶらりんな状態だったからだ。
これまでの言動から、Y田が結婚派入りを望んでいるのは明らか。ただ、その資格があるのか。結婚派の理事たちは料理もそこそこに、冷静な表情でY田を見詰めている。張りつめた空気。引き裂くように、Y田が口火を切った。
「Tさんが3月末で教員を辞め、地元徳島に帰ってきます」。差し出した“ブツ”は上等だった。
アメリカ発の金融危機が日本の実態経済にも及び、雇用不安が列島を覆ういま、Tさんは小学校教員というステータスに未練がないというのだ。当然、その見返りはY田との結婚だろう。Y田によると、2人の関係はTさんの両親も公認というから、現実味を帯びる。僕は動揺した様子を見せずに、質問を浴びせた。「い、い、いつするん?」
Y 「はぁ、何が?え、ケコン?僕はTさんが先生を辞めるって言よるだけですよ」
決して直球は投げない。逃げ道を用意しておくのが大人の会話なのか。しかし、頭の良い理事たちは発言の真の意味をすぐ理解し、相好を崩した。「式場予約は早いことせんと、予定通りいかんよ。俺は結局1年もずれたからね」などとアドバイス。Y田の派閥入りを事実上認めた格好だ。
ここまでY田がTさんとの愛をはぐくみ、結婚派への根回しをしていたとは知る由もなかった。呆然としていると、派閥入りの承認を得て気をよくしたY田が畳みかけた。
Y 「ほな、アッキー支払い頼むわ。結婚資金や貯めんでもええんだろ(ニヤリ」
つづく
2009年01月02日
●シリーズ「結婚前夜」 【3】 独身派の没落
大規模和風邸宅を使った結婚式場「樫野(かしの)倶楽部」。邸宅は大正14年に阿南市内で建てられた木造2階建てで、10年ほど前に徳島空港近くに移築された。波打ちガラスや模様ガラスといった大正ロマン漂う建材が使われ、国の有形文化財にも登録されている。そんな気品ある式場で、A木は親族や友人らが見守る中、愛を誓った。
美しい日本庭園で式を挙げた後、大広間で披露宴。同期5人が一つのテーブルを囲んだ。5人とは、A木よりも一足早く入籍したN野(♀)、婚約が暴かれたK辺(♂)、独身派若手のM家(♂)、仮面を脱いだY田(♂)、と僕(♂)。これまでなら、独身派3、結婚派2と独身派が優位で、結婚派のA木を加えたとしても互角に渡り合うことができていた。
しかし、である。
Y田だ。独身派が斜陽に立たされたと感じるや否や、旧友のTさんに忍び寄り、あっさり派閥に見切りを付けた。式場に向かう車中でも、「そろそろ落ち着かんと」などと失言が飛び出す始末。これは造反というより、彼の指導者的立場からすれば背任といっても過言ではない。
「Y田の暴走を告発しよう」。そう心に決めていた僕は、5人が囲む円卓にTさんの話題を載せた。Y田は公式の席でも容疑を認め、事も無げに派閥トップを退く意向を示した。寝耳に水だったM家の手から、ナイフが滑り落ちた。
「ガシャーン」
トップの政権投げ出し。最高指導者を最悪の形で失った独身派は、音を立てて瓦解した。
つづく
